@article{oai:osaka-shoin.repo.nii.ac.jp:00002224, author = {佐久間, 貴士 and 堀, 裕 and 荒武, 賢一朗 and サクマ, タカシ and ホリ, ユタカ and アラタケ, ケンイチロウ}, journal = {大阪樟蔭女子大学学芸学部論集}, month = {Jan}, note = {P(論文), 本論は璉城寺総合学術調査の二〇〇八年度の概要報告である。昨年度までの概要報告は『論集』第45号に掲載した。 堀裕は、江戸時代に写された『璉城寺縁起写本』の書き込みや、無名山人撰の『璉城寺紀』が共に、延享二・三年(一七四五・六)に書かれており、璉城寺中興の僧実啓と関わる可能性があることを示唆している。 荒武賢一朗は古文書整理作業の進捗状況を報告している。本年度は三百点の調書を作成し、全体の7割の調書ができた。またデーターベース化も開始した。文書は住職家の「下間家文書」と、寺に伝わる「璉城寺文書」に大別される。荒武は「下間家文書」の概要を報告し、西本願寺の有力な坊官であった下間家の幕末から明治期の諸活動を報告している。 佐久間は発掘調査の概要報告である。本年度新たに第4区を設定し、約一四m(^2)を発掘した。近現代の盛土を除去すると、調査区西端で東西に石列が発見された。江戸時代再建の本堂が建つ現在の地面とほぼ同じ高さにある。寺の敷地の東側には江戸時代に土塀があった。石列は土塀から約1m離れて平行して並んでいた。石列の設置年代は江戸時代から近代と推定されるが、まだ確定していない。第4区の調査は来年度も引き続き実施する。}, pages = {211--218}, title = {連城寺(紀寺)総合学術調査 2}, volume = {46}, year = {2009} }