@article{oai:osaka-shoin.repo.nii.ac.jp:00002090, author = {堀, 裕 and ホリ, ユタカ}, journal = {大阪樟蔭女子大学学芸学部論集}, month = {Jan}, note = {P(論文), 奈良市西紀寺町にある璉珹寺では、大阪樟蔭女子大学地域文化センター及び日本文化史学科によって、二〇〇五年から現在に至るまで発掘調査や古文書調査が実施されている。その調査成果の一環として、奈良平安期における紀寺・璉城寺をめぐる文献史料の検討を行ない、次の三点を明らかにした。第一に、平城京の紀寺・璉城寺の初見は、厳密にいえば延暦二年(七八三)より前に遡らない点。第二に、紀寺と璉城寺が同一寺院であるかどうか明確な証拠はないが、紀寺と璉城寺の寺田が大和国城下郡東辺に集まることから、両寺が同一の寺院である可能性が指摘できる点。第三に、光仁天皇の母である紀橡姫の国家的追善仏事である国忌が、紀寺・璉城寺で実施されていた可能性と、桓武天皇による光仁天皇の血縁に連なる紀氏への梃入れの一環として、延暦二年における紀寺への封戸施入がなされた可能性がある点。}, pages = {283--292}, title = {奈良平安期における紀寺・ 連城寺の基礎的考察}, volume = {45}, year = {2008} }